2019年02月17日

明けまして

はじめまして。大阪大学吹奏楽団50期団長に就任しました船蔵(ふなくら)と申します。阪吹ではカレタス・ド・マールと呼ばれています。下の名前は颯(はやて)といいます。

初めてお会いする人に「カレタス・ド・マールです」と申すと、大抵「えっ、なにそれ??由来は??」と言われます。そして僕が由来を説明すると、由来を聞いてきたその人は多くの場合「こんなにクドクドと説明されるとは思わなかった」とでも言いたげなゲンナリした顔をされます。悲しいです。

コンビニのエクレアはLAWSONが世界一だと思います。

さて、昨日のことになりますが、冬のオフが明けてとうとう新しい阪吹の一年がスタートしました。同期の2回生たちが団の中心となって活動している様子を見て、「ああ、ついに最後の年か」としみじみ思いました。

ちなみに僕は「オフ明け」を上手く発音できません。どうしても「オヴ明け」とプロナウンスしてしまいます。オヴ、オヴ。

昨日は早速、サマコン曲の合奏がありました。初めての合わせなのでまだ探り探りではありましたが、みんなひさしぶりの合奏を楽しんでいるようでした。僕もみんなの表情を見て、阪吹のある日常をとても幸せに思いました。

僕は毎回の練習に行くのがとても楽しみです。みんなにも、そう思って欲しいと思っています。盟友ケンジ卍も言っていましたが、この一年、最高の年にしたいです。

みんなが「本当に楽しかった、頑張ってよかった」と思えるように、精一杯頑張ります。阪吹OBOGの先輩方をはじめとする、いつも阪吹を支えてくださっている皆様、今年も阪吹の応援をどうぞよろしくお願いいたします。

大阪大学吹奏楽団50期団長
船蔵颯(カレタス・ド・マール)

posted by 大阪大学吹奏楽団 at 18:43 | Comment(0) | 楽団長

2019年02月15日

バトンタッチ

こんばんは、元団長のポムポムパパです。
現役生は明日からオフ明けということでこれが僕たちの代、最後のブログ投稿になります。
引退して早2ヶ月弱、もともとこの時期はオフだったということもあって引退した…という気もなかなかしてこないもので、現役生が活動を再開して、ようやく本当の意味で引退したことを実感するのでしょう。

振り返ると、1年前、夏目漱石先輩から団長の座を引き継いでから色んなことがありました。
この1年は僕にとってかけがえない1年でした。人間的にも、音楽的にも成長させていただきました(したつもりです、した…よね?してない?)
これは団員たち全員のおかげです。本当にありがとう。
団員たちにとって色んな思い出がそれぞれの心の中に残っていると思います。音楽を楽しんだこと、真剣に自分や仲間と向かいあったことやぶつかったことだって、今思えばいい思い出ですね。
この1年間が彼らにとって、心に残る、楽しい時間となったのならそれだけで、団長としてやってこれて本当に良かったと思えます。
みんなに団長としてどれだけのことをお返しできたのかはわからないですが、少しでもみんなに恩返しできていたら…と思います。
そして…
面と向かっては恥ずかしくて絶対に言えないので、ここで。
みんな大好きでした、かけがえのない時間をありがとう。支えてくれてありがとう。
最高の同期、後輩たちでした!
また、一緒に吹いてくれたら嬉しいです。そのときはよろしくね。

これから1、2回生がどんな阪吹を作り上げていくのか、次の団長(自己紹介お楽しみに!)がどう引っ張っていくのか、けんじ率いる音幹がどんな音楽を作っていくのか、彼らが生み出す最高の阪吹をOBとして今から楽しみにしています。バトンタッチだよ、頑張るのは絶対そうすると思うから、一言だけ。
「楽しんでね!」

これまで今年の阪吹を応援、ご支援してくださった皆様。本当にありがとうございました。
今年の阪吹はいかがだったでしょうか?今年の阪吹が皆様のお心に残る代となったのなら幸いです。
来年以降、これからの阪吹もどうぞよろしくお願いいたします。

文責 49期団長 ポムポムパパ


posted by 大阪大学吹奏楽団 at 23:20 | Comment(0) | 楽団長

実像で勝負

こんばんは、大阪大学元正指揮者のYZOです。

最後のブログで何か一生懸命説いても仕方ないので(なんで今年度こんな説くのが流行ったんだろう…)指揮者になった理由でも書いておきましょう。結構ぶっちゃけトークでいきます。終活っぽいです。というより、団員の皆には演奏会後の最後の終礼で言おうと思っていたのですが、たぶん言ってないです。体調が悪すぎて記憶がないのも余計に申し訳ないですが、寒空の下でながながとよくわからない話をしてしまい、ごめんなさい。団長すまん。

2年前の指揮者決めの時、指揮者になりたい理由を聞かれました。あの時は「音楽を今までにない視点からとらえてみたい」ことと「大学で新しいことに挑戦したい」ことを答えました。この後者の、面接で誰にでも答えられそうな理由、ブログなどでも幾度となく出てきたキーワードが僕の最重要項目でした。

「何でもできる人」っていますよね。それらの全てをめちゃくちゃ頑張ったというほどでもないのに。いわゆる要領がいい人ですね。阪吹にもそんな人がたくさんいました。楽器は上手くて、高校では部長やリーダーをやって、文化祭や体育祭でも活躍して、勉強もできるから地元を離れて大阪まで来て、しかもなんか絵とかも上手に描けちゃって。僕はこれに似たタイプで「結構何でもできるっぽい人」でした。(いや、絵はもはや下手ですが。)先生や友達に「お前何でもできるからすごいよな」とか言われることもありました。

僕はこれが嫌でした。

嫌なことは主に二つで「頑張っていないのに褒められること」「できていないこともイメージで過大に評価されること」です。つまり、虚像の自分が褒められているということです。もちろんそれも贅沢なことではありますし、褒められて嫌がるなど炎上ものですが。一見褒められてはいるけど、本当はどれも大したことはないし、後ろめたさだけが残りました。

そんな中、指揮者にならないかという話が舞い込みました。
最初はできるはずもないと思っていましたが、それまでの学生生活を振り返った時に今がチャンスなのではないかと思いました。まったくノウハウが無いこと、自分自身も団員の皆もYZOは経験がないと理解していること。この道でどんくさくきたなく努力して少しでも形にして誰かに褒めてもらえたら、初めて実像を評価されたことになるのかなと思いました。

そして先日その思いを胸に最後の演奏会を終えました。

結局、指揮者としての実像はそんなに大したことなかったかもしれません(笑)。まだ道半ばでもありますしね。虚像張ってる時のほうが褒められたりして。実像を磨くって本当に難しいです。でも2年間の間にたまーに、頑張ってるねーって褒められたりしたとき僕はそれが一番うれしかったです。一番やって良かったと思える瞬間でした。かっこ悪いのに徹した2年間でしたが、今までになかった充実感に出会えた気がします。

本当にやって良かった

以上が僕の指揮者ライフに対する思いでした。書き終えちゃった、寂しいですね。
読んでくれた方、自分語りにお付き合いいただきありがとうございました。
最後に、僕の個人的な挑戦に巻き込まれてくれた過去も含む全ての団員の皆、挑戦を支えてくれたパートの皆、挑戦の道を一緒に歩いてくれた幹部の皆さんにこの上ない感謝を申し上げて、最後のブログとします。

ま、挑戦は続きますけどねっ


posted by 大阪大学吹奏楽団 at 23:15 | Comment(0) | 指揮者